6月30日(月)曇り。水無月のつごもり。今日は今年前半の穢れを祓う夏越祓の日。各神社には茅萱で作った輪が掲げられ、参拝者はこの輪をくぐって穢れを祓う。外出したついでに近所の梛神社で茅の輪くぐりをしてきた。京都の歳時記の一つ。これが終るといよいよ明日から7月、祇園祭の始まりである。
土曜日は前日から四国入りしていたつれあいと夕方JR鳴門駅で落合い、鳴門大橋を渡って淡路島で宿泊。JR鳴門駅は小さな終着駅で、列車の時刻表を見ると、一時間に一本しか発着がない。終着駅なので線路はホームの端で終っている。待っていると、一両編成(一両でも編成というのかしら)の列車がことこと入ってきて、「のどかだなあ」と言いながらつれあいが降りてきた。
私は京都を朝のうちに出発、待ち合わせの時間まで数時間あったので、四国88ヶ所のうちの1番から8番までの札所を廻ってきた。近年巡礼客が増えたせいか、新築・増改築中のお寺が多く、どこもぴかぴかしているのには少々興ざめ。どこの札所にもお遍路さんが群れていて、中には歩き遍路、自転車遍路もいて、感心させられた。車で物見遊山のように巡る自分を少々恥じないでもなかったが、まあ、どこにいても同行二人、の気分でいればいいのではないだろうか、とこれは弁明。
●四方田犬彦『星とともに走る』(七月堂 1999年)を読む。いまはなき雑誌「ガロ」に1988年〜1997年まで連載された日録集。たまたま開いた1994年10月8日条には、原一男の映画『全身小説家』を観る―嘘つき光ちゃん(井上光晴)の自伝的虚構を追い詰めた映画、とある。同じ10月11日は集英社から出る中上健次全集の編集のため、4900枚のエッセイから半分を選ぶ、とあり、彼が編者の一人だと知った。続いて同月13日、大江健三郎がノーベル賞を受賞。20年ほど前、彼の「ピンチランナー調書」のゲラ原稿の清書を手伝ったときのことを思い出す、とあり、20代なかばごろの四方田犬彦はそういう仕事もしていたのかと思う。だからといって、何ということもなけれども。
写真は四条通坊城にある梛神社の茅の輪。小さな茅の輪だが、決められた通りにくぐって厄払いをしてきた。