8月26日(水)曇り。九州各地で台風15号による被害あり。博多と長崎に「大丈夫?」と電話する。これまでにない激しい風で怖かったけど何ともなかった、との返事。
昨日に続いて、●高橋弘希『朝顔の日』(新潮社)を読む。前作「指の骨」は1942年のニューギニアが舞台だったが、この作品は1941年の東北三本木が舞台。幼馴染どうしが結婚して夫婦になったものの、妻が結核を患い町の病院(サナトリウム)に入院する。夫は仕事のかたわらせっせと病院に通うのだが、そこでの見聞や二人の日々が静かな筆致で描かれている。繊細で抑制のきいた文体には野呂邦暢というより、梶井基次郎を思わせるものがある。医療に関すること、たとえば人工気胸術など専門知識が必要と思われる場面がたびたび出て来るが、どのシーンも細部まで緻密に描かれていて、それらはまるで細密画を見ているよう。当時の風俗もよく再現されており、古風な言葉遣いもしかり、新しい歴史小説といってもいいほど。経済的にも人間関係にも恵まれた二人に破綻はないのだが、不治の病といわれたTBが唯一重くて暗い存在。死に近づいていく妻を見舞う夫の物語だが、少し長すぎるという感じがした。決して冗漫というわけではないのだが。前作「指の骨」でも感じられたが、主人公がどこか傍観者的なのが気になる。いやそれはあくまで観る人に徹しているからだといえばいえるのだけど。最近の若い人の作品をあまり読んでいないので比較はできないのだが、文章力は抜きんでているのではないか。ただきれいすぎるのが物足りない。患者や医者の人物造形はなかなか魅力的だったが。
よく〈できた作品で、前作に続いてこの作品も芥川賞候補となったそうだ。芥川賞は話題の作品が受賞して200万部を突破する勢いとのこと。いやはや思わぬところから救世主あらわる、という感じ。「朝顔の日」の作者の次作を期待したいが、またまた一昔前が舞台となるのかしら。30代の作者にとって太平洋戦争は、私などにとっての第一次世界大戦という感じだろうか。全く想像もできない世界をよく調べて作り上げたものだ。その必然性が感じられるともっとインパクトがあったと思うのだが。
写真は今月21日、改装オープンした京都BALの地下にある丸善書店。梶井基次郎の「檸檬」に出てくる本屋で、地下一階に檸檬を置いたこんなコーナーが設けられていました。