5月8日(日)母の日。小林信彦が週刊文春に書いていたエッセイ「本音を申せば」は昨年の暮れに連載が終了した。1998年に始まったこのシリーズはいま全23巻の本になっている。最初のころは鋭い政治批判や切れ味のいい社会批評を胸のすく思いで読んだものだが、近年は映画とその周辺の話題がほとんどになっていた。TVやエンターテインメント業界の草創期に関わり、芸人たちとの交流も深いだけにこの人ならではの話題も多く、興味深く読んできた。小林信彦は1932年生まれ、津野海太郎は1938年生まれ、野呂邦暢は1937年生まれ、この世代にとって娯楽といえば読書、映画ではなかったか。この3人とも実に映画に詳しく、よく語っているからだ。
「故野呂邦暢氏の『野呂邦暢ミステリー集成』という本(中公文庫)が送られてきた。この作家と新宿で一夜語り合って、ホテルまで送っていったことを想い出した。野呂さんは文章にきびしい方だった。長崎が出てくる良い小説を書かれた方で、若くして亡くなった。「失踪者」というミステリアスな短編など、秋の静かな夜に読んでみたいと思う」
野呂邦暢が亡くなったあと、「文學界」(1980年7月号)に小林信彦の追悼文が掲載された。「十日前の会話」と題するもので、亡くなる10日前に東京で会ったときの印象などが記されている。それが初対面だったが、二人は映画と推理小説について、のべつ、手紙で意見を述べあっていたといい、その時も小説と映画の話をしたという。野呂はしきりに「時間がない」といい、小林は「どうしてあんなに時間がないのだろう」と不審に思ったそうだ。あとで野呂が月に500枚も書いていたという週刊誌の記事を読んで「わが眼を疑った、野呂さんの文体で月に500枚書くのは無理である」とある。確かに早すぎる野呂の晩年の仕事ぶりには感嘆するしかない。
写真は『野呂邦暢ミステリー集成』(中公文庫)。下は母の日に届いた花。ありがとう。