IMG_3406 3月11日(木)晴れ。東日本大震災の日。もう10年になるのだ。あの日は京都も揺れた。部屋で本を読んでいたのだが、ゆらりとして目まいかなと思っていたら東北で地震が起きていたのだった。未曾有の天災は原発事故によってさらに被害が拡大し、10年経ったいまもなお先が見えないまま。絶対安全のはずの原発が事故を起こしたらどうなるか、私たちは身に染みてその怖さを知ったはずなのに。いつになったら本当にすべてを「アンダーコントロール」することができるのか。政治家が忘れっぽいのは承知しているが、「復興五輪」がいまは「コロナに勝った証拠の五輪」というのはねえ。情けないやら腹立たしいやら。故郷を離れざるを得なかった人、帰りたくてもいまだに帰れない人、家族が離散したままの人、膨大な復興基金は果たしていずこへ?
IMG_3409 「巡り来る 東北の春を 忘れめや」朱雀。
 午前中、向日市の文化資料館へ開催中の「寿岳文章 人と仕事展」を見に行く。英文学者の寿岳文章(1900ー1992)と妻で文筆家の静子(1901ー1981)は向日市の自宅を「向日庵」と名付けて住んでいた。夫妻はここで「向日庵本」と呼ばれる本づくりをはじめ、和紙の研究、工藝、翻訳、書誌学と幅広い仕事を成した。私はこの夫妻の手になるウイリアム・ブレイク詩集、『無染の歌』『無明の歌』を持っている。1990年に集英社から彩色版画付きで出た向日庵本の複製版で、本文用紙は越前武生の特漉和紙、表紙は手織福光麻布というまるで工芸品のような本。展示品の中にこの原本を見て感慨しきりだった。寿岳文章はまた和紙の研究家としても知られ、全国各地の紙の産地を訪ね歩いた旅の記録や和紙現物が展示されていた。中でも「杉原紙」の源流が兵庫県加美町(現多可町)にあることを突き止めたことは、町の復興の力になった。以前、平安時代を専門とする知人と加美町を訪ねたことがある。町には娘の寿岳章子さんから寄贈された夫妻の蔵書を収める「和紙博物館 寿岳文庫」がある。小さいが気品のある建物で、貴重な向日庵本など、その美しさに目を奪われたものだ。夫妻の家に遺された資料は現在英文学や美術工芸史、近現代史などの研究者によって調査中とのこと。日記や書簡も興味深いが、手作り感が伝わる雑誌「工藝」などに見とれた。資料館のスタッフによると、今年の秋に国際フォーラムが開催されるそうで、それに合わせてこの展覧会が再度開催されるという。楽しみに待っていよう。
 写真は向日市文化資料館で。「寿岳文章 人と仕事」展の看板と展示された書物の一部。棚上はダンテ『神曲』3巻(集英社)、ブレイク挿絵。